福岡高等裁判所 昭和55年(行コ)15号 判決 1983年9月29日
昭和五五年(行コ)第一四号被控訴人(一審原告)
平田長雄
同年(行コ)第一五号控訴人(一審原告)
山中正人
同
渡辺時良
同
和田光弘
同
藤城吉次郎
右五名訴訟代理人
石井将
谷川宮太郎
市川俊司
吉田雄策
昭和五五年(行コ)第一四号控訴人・
同年(行コ)第一五号被控訴人(一審被告)
北九州市長
谷伍平
右訴訟代理人
苑田美穀
山口定男
立川康彦
大久保重信
右指定代理人
早田稔
外六名
主文
一 原判決中、一審原告平田長雄に関する部分を取り消す。
右一審原告の請求を棄却する。
訴訟費用中、右一審原告と一審被告との間に生じた部分は第一、二審とも右一審原告の負担とする。
二 一審原告山中正人、同渡辺時良、同和田光弘、同藤城吉次郎の各控訴を棄却する。
当審における訴訟費用中、右一審原告らと一審被告との間に生じた部分は右一審原告らの負担とする。
事実
一 一審原告平田長雄は「一審被告の一審原告平田長雄に対する本件控訴を棄却する。右控訴費用は一審被告の負担とする。」との、一審原告山中正人、同渡辺時良、同和田光弘、同藤城吉次郎は「原判決中一審原告山中正人、同渡辺時良、同和田光弘、同藤城吉次郎に関する部分を取り消す。一審被告が、右一審原告らに対し、昭和四三年二月九日付でなした原判決別紙職種等目録処分欄記載の各懲戒処分はいずれもこれを取り消す。訴訟費用中、右一審原告らと一審被告との間に生じた部分は一審被告の負担とする。」との各判決を求め、一審被告は主文第一、二項同旨の判決を求めた。<以下、事実省略>
理由
一一審原告らが昭和四三年二月九日当時北九州市に勤務していた職員で、同市職員で組織する市職に加入していたが、昭和四二年一二月当時の所属部課、職種及び組合役職は原判決別紙職種等目録記載のとおりであること、及び一審被告は一審原告らに対し、昭和四三年二月九日付で原判決別紙職種等目録処分欄記載の各懲戒処分(すなわち、本件処分)をなしたことは当事者間に争いがない。
二そこで、一審被告の抗弁について検討する。
1 本件争議行為に至る経緯その他
(一) 病院、水道事業の財政再建計画の策定
<証拠>によれば次の事実が認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。
(1) 昭和三八年二月一〇日発足した北九州市の財政は、合併による旧五市の赤字の引継ぎ、折からの石炭産業及び鉄鋼産業の不況に伴う税収入の鈍化、生活扶助者及び失業者の多発による社会保障関係経費の増大、合併を可能にするためにとられた職員の給与の調整措置及び合併に際して増設された施設関係職員数の増加等による人件費の急激な膨張、病院会計・国民健康保険会計等各種特別会計の収支の悪化に伴う繰出金の急増等が要因となつて、財政悪化が著しく、昭和四〇年七月自治省によつて行われた地方自治法の規定に基づく行財政調査の結果、助言と勧告を受け、右のような厳しい財政硬直化の諸問題点について指摘をされたが、昭和四一年度の市の全会計の決算でみると、一般、特別、企業会計の実質収入は三二億円の赤字を生じており、なかでも病院、水道事業の悪化が著しく、これを病院事業についてみると、昭和四一年度の医業費用二三億三〇八九万円に対し、医業収益は一六億八五五八万円に過ぎず、同年度末における累積欠損金は一一億六四〇二万円となつていて、当時は、そのまま推移すれば一〇年後には累積赤字は一三五億円という膨大な額に達するものと予測され、遠からず病院事業の存続さえ危ぶまれかねないような憂慮すべき事態に立ち至つていた。
(2) 昭和四二年三月一審被告谷北九州市長就任後、市では再建策の検討に入り経営悪化の原因追究や経営分析を進めた結果、病院及び水道事業の再建を図るため、病院事業については、その経営悪化の原因が人件費を主体とする経常費面にあり、経営改善のためには経営構造の抜本的改革が緊急かつ不可避であるとされ、自治省とも協議のうえ、従来の市衛生局病院課を改組して新たに病院局を設置して地公企法の全面適用を受けることとしたうえ(水道局は昭和三九年一月一日発足ずみ)、同法四九条一項所定の財政再建計画により右両事業の再建を図る方針を決め、昭和四二年九月二六日市議会に、右両事業につき自治大臣に対し、地公企法四九条一項に基づく財政再建を申し出ることにつき議決を求める議案、及び病院局の設置のための条例案等を提案し、同年一〇月一四日いずれも可決された。これに基づき一一月一日病院局が発足して地公企法の全面的適用を受けることとなり、同日訴外柴田啓次が病院事業の管理者である病院局長に任命された(なお、同月二一日、従来、市職に属していた病院関係職員により新たに病院労組が結成された。)。
(3) 市当局は、病院及び水道事業に関する地公企法四九条二項、四三条一項、二項に基づく具体的財政再建計画案を作成したが、病院事業に関する本件再建計画案の中には支出の節減に関する事項として、次のような職員の労働条件に密接な関連を有すると思料されるものが含まれていた。すなわち、(ア)給食業務、清掃業務、整備業務等を昭和四二年末までに民間業者に委託し、それにより職員二六六名を減員する。(イ)高令職員に対しては退職勧奨等をする。(ウ)給料表を昭和四二年度中に国家公務員に準じたものに改める。(エ)期末勤勉手当については国家公務員の支給率を上回らないものとする。(オ)特殊勤務手当については現行二四種類のうち一五種類を廃止する。(カ)勤務時間を現行拘束四三時間制を拘束四八時間制に改める。以上により人件費の節減を図ることとされていた(なお、右再建計画は市財政の健全化に現実に寄与した。)。そして、市当局は地公企法四九条二項、四四条一項に基づく、財政再建計画に関する議会の議決を得るため、昭和四二年一二月八日市議会に対し前記内容を含む病院及び水道事業についての財政再建計画案を提案し、同月一五日原案のとおり議決された。
(二) 再建計画に対する市職、病院労組の対応
<証拠>によれば、次の事実が認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。
(1) 市当局は、昭和四二年九月一三日市議会衛生水道委員会において、病院局を設置して病院事業につき地公企法の全面適用を受けるようにし、かつ、病院及び水道事業につき地公企法四九条一項に基づく財政再建の申出を行う方針を表明した。市職では、それまで市当局において財政再建のため右のような方針が決定されていることを知らなかつたため、直ちに市当局に対し団体交渉の申入れをした。そして、同月二八日市当局から河野衛生局次長外二名が、市職から市職副委員長一審原告山中正人外八名が出席し、市当局から右財政再建の目的などについて簡単な説明がなされた。
(2) 市当局は、同年一一月一一日、病院・水道財政再建計画の最終的作業を終了し、その旨市議会衛生水道委員会に対し報告をし(なお、同日午後の段階で自治労福岡県本部も右再建計画案の内容を知つた。)、引き続き同月一三日市労連(なお、市職は、上部団体である自治労に加入し、同じく自治労に加盟している市労、病院労組、水道労組とともに事実上の連合体として市労連を結成している。)の各組合に右再建計画案を説明するとともに団体交渉の申入れをしたが、他方市労は、市当局がいまだ右再建計画案を公表する前の同月九日、拡大闘争委員会を開き、「目の前に現われた大合理化に対してかつて行使したことのない有効な、強力な新戦術を駆使して断固闘う」旨決定し、同月一一日、市労連傘下の各組合代表者、自治労本部、及び自治労福岡県本部の代表者が集つて病院・水道対策会議を開き、「大合理化に反対するために病院などをストップさせるぐらいの可能な限りの戦術を死にものぐるいで行使する」旨を確認し、同月一三日、市労連に結集する病院関係組会員が病院決起集会を開き、「谷(市長)と松浦(助役)を北九州市から追い出すまでがんばろう」と確認し、同月一四日、市職は、第四回臨時大会を開き、「二六六人の首切り案を粉砕し、病院・水道合理化反対を全力をふりしぼつて闘う」旨を満場一致で決定した。
(3) 右のような状況の中で同月一五日午前一〇時から同一二時まで、具体的財政再建計画案についての市労連と病院局との第一回の団体交渉が行われ、その席で病院局から病院事業に関する本件再建計画案の概要が説明され、病院の単純労務職員二六六名の分限免職による減員計画も明らかにされた。これに対し、市労連からは、その疑問点につき若干の簡単な質問がなされ、財政状況に関する基礎資料の提示を求めるとともに、二六六名の分限免職については希望退職者の募集、配置転換による解決措置を考慮するよう要請したが、病院局からは右減員計画は既定方針であるとの回答がなされ、これに対し市労連を代表して一審原告平田長雄市労連執行委員長が、私たちの考えを述べると言つて、「どのようなことがあつても二六六人の首切りを含む提案を認めるわけにはいかない。二六六人を含めてどのような行動をとろうともそれをとめる権利は当局にはない。話合いは継続していくが当局側の考えが明らかになつた以上はあらゆる可能な手段を講じて徹底的に反対していく。」などと発言し、右再建計画案には断固反対であるとの意見を表明した。なお、病院当局は、市労連及び病院労組との交渉と伴行して病院関係職員をその一部の組織構成員として含む北九州市職員労働組合(以下「市職労」という。病院局が設置された後、同組合の病院局関係職員の組織として市職労病院評議会が設置された。)とも、本件再建計画案についての交渉をすすめた。
(4) 右のような第一回団体交渉後の同月一七日、市労連は、組合員に対し、右の合理化反対を組合の機関紙でもつて教宣し、同月二〇日、市労連、市職労、教組、北九地評などは、病院・水道合理化反対共闘会議を結成して闘争体制を強化し、同月二一日従来市職に属していた病院関係職員は、本件再建計画に対決するために病院労組を結成して結成大会を開き、今後の闘争の基本として「(ア)北九州市職の秋季年末闘争方針の基本をふまえ、二六六名の首切りを絶対に認めず合理化再建計画に徹底的に反対する抵抗の闘いを組織する。(イ)今後は対当局交渉を二義的なものと考えて全ての大衆行動を配置して徹底的に闘いぬく。(ウ)病院職場の組織体制確立と強固な団結を基礎に組織的に闘いを拡大する。」旨を決定し、同日右結成大会と同時に、市職及び病院労組は、病院・水道合理化再建計画反対総決起集会を開き、右決定と同趣旨の闘争宣言を発表し、同日、市労は、第三回拡大闘争委員会を開き、市労執行委員長訴外佐伯正之は、「病院労組の首切り反対闘争は我々の闘いとして受けとめなければならない。」旨の挨拶をし、市労全支部の意思統一を行い、同日、自治労本部は、北九州市に現地闘争本部を設置して、市労連の病院・水道財政再建反対闘争の支援体制をとつた。同月二二日、市労連は、右再建計画反対のため無期限のすわり込みに入り、右すわり込みは、同日の小倉病院を手はじめに、二四日は本庁、二五日は八幡病院、二七日は門司病院と次々と行われ、同月二八日、病院労組は、門司病院において無期限の超勤拒否闘争に入り、同月三〇日から、八幡病院においても無期限の超勤拒否闘争に入つた。
(5) 右のような情勢の中で、同月二九日約二時間、病院局と病院労組との間で第二回団体交渉がなされ、病院局からの本件再建計画案中の給料表改正の骨子についての説明に病院労組が簡単な質疑応答をしたほかは、病院労組側は、団体交渉の記録の取り方や交渉時間等手続事項に時間を費し、病院局側の、給料表、特勤手当、勤務時間等は小委員会を設置して内容を煮詰め、基本団交では二六六名の減員にしぼつて交渉を進めることの提案にも回答をせず、本件再建計画案の議会提案を延期すること、団体交渉に時間をかけること等の主張を繰り返し、議会提案は既定方針であるとする病院局側と結局は物別れとなつた。
(6) 右のような第二回団体交渉後の同月三〇日、自治労現地闘争本部は、その機関紙でもつて「首切りは労働組合は妥協のできない基本的闘争課題である。」と発表し、闘争方針として「重要な段階に実力行使を指令する。」と公表した。
(7) 病院局と病院労組との間で、同年一二月二日第三回団体交渉がなされ、結核療養所松寿園の病床閉鎖に伴う配転についての交渉が行われ、同月四日第四回団体交渉として、期末勤勉手当の改正案についての交渉がなされ、その席上、病院当局が本件再建計画案中変更不能とする基本構想の枠、右基本構想と今後の交渉により譲歩の可能性がある具体的事項・程度との関係、今後の交渉と本件再建計画案の議会提案との関係等についての見解を表明し、また、病院労組側の団交日程や交渉時間を示すことの要求に対し、同月八日から開かれる市議会の冒頭に本件再建計画案を上程する予定であること、及び議会開会中も含め今後も組合との交渉を継続していく旨表明したのに対し、労組側は、実質的には、両日とも、余後の団交日程・交渉時間を示すことに重きを置いて、本件再建計画案の内容審議に入ろうとしなかつた。
(8) 右のような第三、四回団体交渉後、同月五日から市職が一割休暇闘争に入つたのに引き続き、同月六日から市労、水道労組など市労連傘下の各組合が、同月七日からは、市職労が休暇闘争に入つた。一方、自治労現地闘争本部は、同月五日夜、闘争委員会を開き、市議会の最重要段階に病院二四時間ストライキ、全職場一時間ストライキを決行することを決定した。
(9) 右のような状況の中で、同月六日午前一〇時一〇分から午後〇時三〇分まで、さらに午後六時二〇分から午後七時三〇分まで合計三時間三〇分間にわたり、市議会上程前の最後の病院局と病院労組との第五回団体交渉が行われ、病院局から病院に勤務する単純労務職員の減員及び医師、看護婦等の増員計画の説明等がなされ、早急に病院事業の赤字を解消し経営の改善をするための協力を要請したのに対し、病院労組側は、交渉時間が短いことに抗議を続けたため、交渉が空転した。
(10) 以上のように、財政再建計画に関する病院局と病院労組、病院評議会との交渉は格別の実りもなく基本的に対立したまま、同月八日病院事業及び水道事業に関する財政再建計画案は市議会に上程されるに至つた。
(11) 右の間組合においては、(一部前示のとおり)同年一一月一三日自治労福岡県本部執行委員会において、市当局の財政再建計画に対する組合としての対応策が協議された結果、右計画の組合員に及ぼす影響の重大性から現地の組合組織のみでは対処しきれないと判断し、自治労本部に現地闘争本部の設置を要請し、同月二一日自治労本部安養寺書記長を本部長とする現地闘争本部が設置され、市職、病院労組などの市労連傘下の各組合は、同本部の指揮下に入つた。右本部には本部長、副本部長、事務局長、事務局次長で構成する企画会議及び右のメンバーに市労連傘下の各組合の闘争委員が参加して構成する闘争委員会が置かれ、企画会議が闘争方針等の企画、立案に当り、闘争委員会で意思決定をし、市職など各単組は、右決定を各単組の闘争委員会に持ち帰つて討議し、最終的に実行するか、しないかを決定する仕組みになつていた。現地闘争本部としては、二六六名の分限免職を阻止することを最優先の目標とし、病院局や市各庁舎前でのすわり込み、八幡・門司病院での超勤拒否闘争等を行つていたが、団体交渉を重ねるうち市及び病院局の譲歩を期待することは容易でないと判断し、同月末ころには企画会議でスト実施の方針が検討され、同年一二月六日の団体交渉後現地闘争本部はスト実施の方針を決定し、翌七日非常事態宣言を発した。そして、同日、一審被告北九州市長谷伍平は、記者会見して「市労連が予定しているストライキを実施した場合は厳しい処分を行う。」と警告を発したのに対し、一審原告平田長雄市職及び病院労組各執行委員長は、新聞紙上で「合理化計画を撤回させるためにはやむを得ない。」と発表した。しかして、病院労組は、同月六日福岡県地方労働委員会に対し、病院局長を相手方として交渉促進等の調停を申請し、同地労委は、同月一一日病院局に来訪し、労使双方の事情聴取を行つたが、その席上、病院局長が一審原告平田長雄執行委員長に対し「スト体制は是非といてもらいたい。そのうえで団体交渉をしよう。」と要請したが、市議会衛生常任委員会へ本件再建計画案が上程された事態に硬化した組合側が「議会への提案を撤回しない限りスト体制はとけない。」とこれを拒否したりした後、前記地労委は同月一三日双方に対し、「①病院再建計画案は二六六名の減員を含む重大なものであつて、計画案に関して当事者間に団体交渉が若干回数行われたことは認められるが、交渉中の問題の重要性を勘案すると、その期間、方法、回数などは充分と認めがたい。②病院再建計画案がすでに議会に上程された現時点においても、市側は可能な限りの誠意をもつて交渉を続行し、双方が基本的な意見の一致が見出されるよう格段に努められたい。③組合側においては、交渉の成否にかかわることではあるが、平和的解決に努めるようにされたい。」との調停案を示し、病院労組は、同日、市及び病院局が従来の事実上の交渉拒否の態度を変更し、市議会も次の会期まで議決しないことを前提として右調停案を受諾し、病院局長は、翌一四日、組合側の右前提条件は調停案の内容ではないことを確認したうえでのことであるとして、右調停案を受諾した(なお、病院評議会からも同旨の調停申請がなされ、同内容の調停案が示された。)。しかし、当時、市及び病院当局は、市議会における本件再建計画案の審議及びその準備のため多忙であつたため、調停受諾後同月一五日の市議会の議決に至るまでの間、労使の交渉が持たれたことはなかつた。現地闘争本部は、右調停案が提示された前日の同月一二日ころ、市議会衛生水道委員会での議決が予定されている同月一四日に市職、市労による始業時から一時間の職場集会を、市議会本会議での議決が予定されている翌一五日に病院労組による門司病院及び八幡病院における二四時間ストを実施することを決定し、全職場で、一四、一五日の具体的行動について最終点検を行いスト体制を確立した。一方、市当局は同月一三日市長及び市教育委員会名義で各職員に対し、同月一四日及び一五日は定められた勤務時刻に出勤して職務を遂行するようにとの職務命令書を交付し、さらに、同日午後六時ころから約二時間にわたり、一審被告谷市長は、自治労現地闘争本部と話合いをし、谷市長は組合側に対し病院・水道両事業の窮状と財政再建の重要さを訴えたが、これに対し組合側は同月一五日に予定している本件再建計画案の採決延期と同合理化案の撤回をするよう要求し物別れとなつた。そして、組合側が、同月一三日付で右職場集会・ストなど実力行使についての通告をしたのに対し、市当局は、同月一四日には病院職員に対し、翌一五日の勤務につき病院局長名義の同旨の職務命令書を交付した。しかるに、市労連傘下の各組合は、右通告どおり、同月一四日全職場一斉の勤務時間内一時間スト、及び同月一五日門司病院及び八幡病院における公立病院二四時間ストに突入した。
(12) 同月一五日市議会において本件再建計画案が議決された後も引き続き、病院当局は、病院局職員の勤務時間改正、給料表の改定、特殊勤務手当の整理統合、行政整理対象者二六六名に対する就職あつせん等の具体的事項につき、病院労組と七回、病院評議会と一〇回にわたつて団体交渉を重ね、行政整理対象者に対する特別措置、勤務時間の改正、給料表の改定、特殊勤務手当の整理統合の実施時期の延長措置等で譲歩したが、組合側は分限免職処分絶対阻止の方針の下で、絶対反対の主張を繰り返し、実質的な交渉に入ろうとしなかつたため、交渉に時間を費しながら、右各団体交渉も格別の実りがなく、基本的に対立したまま、新たな実力行使に突入した。
2 本件争議行為の状況及び一審原告らの行為
右についての当裁判所の認定判断は、原判決三〇枚目表末行から同三七枚目裏九行目までの理由説示中一審原告ら関係部分のとおりであるからこれを引用する。当審における新たな証拠調べの結果も、右認定、判断を左右するものではない。
3 地公法三七条一項及び地公労法一一条一項の違憲性に関する一審原告らの主張について
一審原告らは地公法三七条一項及び地公労法一一条一項が憲法二八条に違反する旨主張する。
しかし、地公法三七条一項が合憲であることは、最高裁判所大法廷昭和五一年五月二一日判決(昭和四四年(あ)第一二七五号、刑集三〇巻五号一一七八頁)が明確に判示するところであり、また、地公労法一一条一項が合憲であることも、右判決、右と同旨の公共企業体等労働関係法一七条一項を合憲とした同昭和五二年五月四日大法廷判決(昭和四四年(あ)第二五七一号、刑集三一巻三号一八二頁)、及び同じく国家公務員法(昭和四〇年法律第六九号による改正前のもの)九八条五項を合憲とした同昭和四八年四月二五日大法廷判決(昭和四三年(あ)第二七八〇号、刑集二七巻四号五四七頁)の各判示の趣旨に照らせば明確であり、当裁判所も右と同様に解するものであるから、一審原告らの右主張を採用することはできない。
4 地公法三七条及び地公労法一一条違反の争議行為と地公法二九条による懲戒処分
一審原告らは、集団的労働関係における争議行為に対して、個別的労働関係を規律する地公法三〇条以下の義務規定を適用して同法二九条による懲戒処分を行うことはできない旨主張する。
しかし、争議行為が集団的行為であるからといつて、その集団性の故に争議行為参加者個人の行為としての面が当然に失われるものではないから、組合決定に基づく争議行為といつても、それが違法なものであるときには、組合自体の責任を生ずることのあるのはもちろん、当該違法行為者自身においても個人責任を免れないものといわなければならず、地公法三七条及び地公労法一一条違反者に対して、地公法三〇条以下の服務規律を適用して同法二九条一項に基づく懲戒処分を行うことは許されるものというべきである(最高裁判所第三小法廷昭和五三年七月一八日判決、昭和五一年(行ツ)第七号、民集三二巻五号一〇三〇頁参照)。
したがつて、前記2の一審原告らの各行為は、信用失墜行為避止義務を定めた地公法三三条に違反し、また組合専従者である一審原告平田長雄、同山中正人を除くその余の各一審原告らが、前記1(二)(11)のように職務に従事するよう命ぜられていたにもかかわらず、前記2のようにスト当日職場を離脱してその職務を放棄した行為は、職務命令遵守義務を定めた同法三二条、職務専念義務を定めた同法三五条に違反するものというべきである。
三一審原告らは、本件処分が懲戒権の濫用にあたる旨主張するので判断する。
懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響など諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきか、を決定することができるものと解せられ、懲戒権者の判断は、右のような広範な事情を総合的に考慮してなされるものであるから、公務員につき法に定められた懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を行うかどうか、懲戒処分をを行うときにいかなる処分を選ぶかは、およそ懲戒権者の裁量に任されており、懲戒権者の右の裁量権の行使としての懲戒処分が社会観念上著しく妥当を欠き裁量権を濫用したと認められる場合に限り当該懲戒処分を違法であると判断すべきものである(最高裁判所第三小法廷昭和五二年一二月二〇日判決、昭和四七年(行ツ)第五二号、民集三一巻七号一一〇一頁参照)。
右の見地に立つて、一審原告らに対する本件各懲戒処分が懲戒権を濫用したものと認められるかどうかについて検討する。
地公法は、地方公務員たる職員は勤務条件の維持改善をはかることを目的として職員団体を結成することができるものとし(同法五二条一項、三項)、当局は登録を受けた職員団体から職員の給与・勤務時間、その他の勤務条件に関し適法な交渉の申入れがあつた場合には、これに応じなければならないこととしており(同法五五条一項)、また、地公労法は、地方公共団体の経営する企業に勤務する職員につき、労働組合を結成できるものとし(同法五条一項)、その労働関係については、地公労法のほか原則として労働組合法及び労働関係調整法が適用されるものとし(地公労法四条)、労働協約締結権を認めている(同法七条)のであるから、職員の勤務条件等について、地方公共団体の当局も誠実に団交すべき義務があるのは当然である。
本件再建計画の策定及び同再建計画案の市議会への上程等は、元来、地公法五五条三項管理運営事項と解せられるが、しかし、前示のとおり、本件再建計画案は、二六六名の分限免職処分をはじめとして病院事業に勤務する職員の勤務条件に重大な影響を及ぼす事項が含まれていたのであるから、右再建計画案のうち勤務条件に関連のある事項を市・病院当局と労働組合との団体交渉事項となし、同事項の諸問題解決のため、市・病院当局は誠実に団体交渉に応ずべきものであつたといえる。しかして、本件においては、前示の地方公共団体における労使間の団体交渉の意義に照らしつつ、市・病院当局と労働組合との間で、現実に行われた団体交渉、その他の折衝等の経緯が、実力行使としての本件争議各行為との関係でいかなる意味を有したかが問題とされなければならない。
そこで、右見地から、市労連、病院労組と市・病院当局との間の交渉についてみれば、前示のとおり、本件再建計画案が市労連に正式に提示され団体交渉が開始されたのは、市議会の議決の一箇月前の昭和四二年一一月一五日であり、以来、市議会議決までにもたれた市労連、病院労組との交渉回数は合計五回、一回二、三時間で、右交渉は当局から本件再建計画案に含まれている病院職員の分限免職、給料表改正等の説明及びこれに対する若干の質疑応答と当局側に労使交渉により計画の手直しをする意思があるのかどうかをめぐる論議とがなされた程度に過ぎず、右の点のみからすれば、右交渉事項の重要性に比して交渉回数・時間、交渉経過において右団体交渉の実効性には問題を残したかのようである。しかし、前に詳細に示したとおり、市労連は、実際には、右団体交渉を行う前から本件再建計画案の内容をある程度予想し、これを合理化案あるいは二六六名の首切り案であるとし、なかでも二六六名の分限免職については、これに断固反対する意向と全面的に対決する姿勢を繰り返し確認・決定し、右再建計画案阻止のための闘争の基本として集団による具体的行動を中核にすえ、対当局交渉を二義的なものとする方針を固め、したがつて、団体交渉その他当局側との折衝の機会が設けられたり、効率的な交渉方法の提案がなされても積極的実質的に交渉に入る態度を示さず、手続問題などに時間を費し、形式的な話合いに終始したが、一方当局も給料表の改正などの勤務条件等には譲歩の余地ありとしてある程度柔軟な姿勢を示しながらも二六六名の分限免職を財政再建計画の重要な柱の一つとし変更不可能なものとなしていたのであつて、右のような基本的対立による双方の妥協の余地のなさこそが前記団体交渉を実りなきものに終らせ、本件各争議行為へとつながつていつたことが明らかである。なお、本件再建計画案議決後の団体交渉の実情も本質的には右と異ならなかつた。
しかして、これに、前示認定の事実によれば認められるとおり、市・病院当局が当時の財政窮追状態を打開するため、本件再建計画が必要かつ緊急のものとし、また、そうすることにつき十分な根拠があり、さらに、これが現実に市財政の健全化に寄与したことを考慮に入れるならば、本件においては市・病院当局が誠実に団体交渉を行う義務を十分に尽さなかつたものとはとうていなし難いものというべきである。
右判示の事情に、前示のような本件争議行為の状況、すなわち、一二月一四日のストは勤務時間に一時間喰い込む程度であつたとはいえ、職場離脱が一部の職場だけでなく全体で一斉に、かつ、市・病院当局の職務命令、警告を無視して強行され、一二月一五日の門司病院及び八幡病院における争議行為は公共性の高い医療部門でのピケによるストライキであつて、職員の多数をして終日職務を放棄させたばかりでなく、外来患者数を通常に比し一五ないし二九パーセントに減少させ、住民の生命と安全に危険な影響を及ぼす恐れのあるもので、その違法性は決して軽視することのできないものであつた。また、右ストに際して大きな混乱を避けるための諸種の措置がとられているとしても、右措置に住民の生命と安全に対する危険防止の見地から問題がなかつたわけではなく、また右措置をとるについては市・病院当局がやむを得ず講じた緊急対策に負うところが多いのであつて、一審原告らの前記各行為は、前示のとおり、違法性の強いものであつた。
前示のとおり、本件各争議行為は、自治労中央本部安養寺書記長を長とする自治労現地闘争本部の指導により実施されたものであるが、市職としても現地闘争本部から具体的な闘争方針の提案を受け、これを単組とし検討しその意思を決定し、これを実行したものであるところ、現地闘争本部副本部長あるいは市職及び病院労組、市労連の各執行委員長として最高責任者の立場にあつた一審原告平田長雄は、本件各争議行為の企画・立案に関与したものであり、その主導的役割の下に、その余の一審原告らは、現地闘争本部の闘争委員あるいは市職の各役員として本件各争議行為の準備及び実施に各自の役職に応じた指導的役割を果したものであるから、右のように違法な本件各争議行為について、それ相応の責任を免れ得ないものである。
以上のとおりであつて、前示のような本件各争議行為に至る経緯・本件各争議行為の状況、一審原告らの本件各行為の性質・態様・情状、各組合役職、その他前記認定の諸事情に照らせば、本件処分が社会観念上著しく妥当を欠くものとなすことができず、そのほかこれを認めるに足りるような事情も見当らないので、本件処分が懲戒権者である一審被告に任された裁量権の範囲を超え、これを濫用してなされたとの一審原告らの主張は採用することができない。
四以上によれば、一審被告が一審原告らに対してなした本件処分はいずれも適法であり、その取消しを求める一審原告らの本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却すべきである。
よつて、原判決中、一審原告平田長雄に関する部分は不当であるからこれを取り消し、右一審原告の右請求を棄却すべく、その余の一審原告らに関する部分は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法九六条、九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(美山和義 谷水央 江口寛志)